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岐阜
1871年(明治4年)7月の廃藩置県でできた今尾県、岩村県、大垣県、笠松県、加納県、郡上県、高富県、苗木県及び野村県が合併して同年11月にできた。この時点では美濃国のみであったが、1876年に筑摩県のうち、吉城郡、大野郡及び益田郡の三郡を合併して飛騨国を含むほぼ現在の形となった。
美濃国は、日本のほぼ中心として、昔から雌雄を決する合戦の舞台となった。古くは壬申の乱があった。戦国時代になると、「美濃を制する者は天下を制する」と言われ、美濃の豊かさに目をつけた斎藤道三や織田信長の活躍の舞台となり、その後、徳川家康と石田三成による関ヶ原の戦いも行われた。江戸時代になると、徳川幕府はその豊かさゆえ、強大な大名が生まれることを恐れ、美濃は小藩に分割した。最大でも大垣藩の10万石であった。
一方、飛騨国は、古くは大変貧しい国であったため租庸調の税を免れたが、その代わり、都で飛騨の匠としての大工の労役を課せられた。江戸時代は、木材や神岡鉱山に目をつけた幕府が、直轄の天領として統治した。
「岐阜」の由来は諸説あるようだが、一説には織田信長がつけたものとされている。「岐」の字は中国の「岐山(きざん)」からとり、周の文王が立って800年の太平の礎を築いたことにちなむ。「阜」は孔子の生誕地「曲阜(きょくふ)」からで、ここが太平と学問の地であるようにとの願いが込められている。都道府県名のなかで中国の由来を持つのは岐阜が唯一である。 |
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